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東京高等裁判所 昭和29年(行ナ)34号 判決

原告 佐藤文太

被告 特許庁長官

主文

特許庁が昭和二十七年抗告審判第四九四号事件につき昭和二十九年五月二十九日になした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、

(一)  原告はそのなした湿温罨法器(又孔洞罨法器又は貫通孔湯タンポ)の考案につき昭和二十六年七月十四日特許庁に対し実用新案登録出願をしたところ、昭和二十七年四月十日拒絶査定を受け、同年五月十三日特許庁に対し抗告審判の請求をし、同事件は特許庁昭和二十七年抗告審判第四九四号事件として審理され、昭和二十九年五月二十九日に右抗告審判請求は成り立たない旨の審決がなされ、右審決書謄本は同年六月十二日に原告に送達された。

審決はその理由として昭和四年十二月四日発行の特許第八五七三二号明細書を引用し、原告の考案は右引用の明細書に記載されたものから当業者が容易になし得る程度のものであつて、実用新案法にいわゆる考案とは認められないとしている。

(二)  然しながら本件考案によるる湿温罨法器を右引用例記載のものと比較すれば、両者は次のように全く異つている。即ち前者に於いては湿布収容孔が完全に貫通しているのに対し後者に於いてはそうではない。又審決のなした両考案の効果の認定は生理学上生物成育の理論から見ても実積上から見ても真実に反する不合理不合法のものである。更に詳細に両者の相違を説明すれば、

湯タンポだけとして使用した場合

(イ)  本件考案によれば、患部から発する汗その他の排泄物は湯タンポの中空部から外部に発散し、新陳代謝が絶えず行われ漏れることがないから、治療が早く行われる。然るに従来の湯タンポではこのような効果を期待することができない。

(ロ)  本件考案による湯タンポは中心部の孔の外壁が主柱の役目を果すので破壌することがないのに反し、従来の湯タンポは踏まれたりして圧迫されたとき破壊し易い。

(ハ)  金属製の環状物は人体に触れて一種の特殊の電気が発散して患部の治療を早める効果を有する。従つて同様の形状をした本件考案による湯タンポも特殊の治療作用を有するが、従来の湯タンポにはこの作用がない。

湿布を併用した場合

(イ)  湿布がその効果を生ずる為にはただ患部を蒸すだけでなく、新陳代謝を行う為通気性が必要である。而して本件湿温罨法器は患部からの老廃物を発散させるから湿布の効果が大きい。

(ロ)  在来品では湿布が乾燥すれば取替を要するが、本件罨法器では貫通孔から必要なだけ湯を注入すれば足り一々湿布を取替えることを要しない。

(ハ)  実験の結果によれば本件罨法器の湿布収容孔の中に大豆を湿布にくるみ収容して之を患部に当てると治療上顕著な効果がある。

(三)  然らば審決が前記の通り本件考案が前記引用例記載のものから当業者が容易に実施し得るものであつて新規の考案と認められないと言う理由の下に本件登録出願を排斥したのは失当であるから、原告は右審決の取消を求める為本訴に及んだ。

と述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

原告の請求原因事実中(一)の事実を認める。

本件考案による罨法器の湿布収容孔が原告主張のように貰通しているに対し、審決の引用した特許第八五七三二号明細書記載の湿布器では吸湿物を収容する孔が上部迄貫通していないという相違があることは認めるけれども、湿布の覆に孔をあけたものを使用することが本件実用新案登録出願前極めて普通に行われていたことにより明らかなように、湿分を蒸発させる為孔をあけることは極めて普通に行われているところであるから、之から本件考案のように湿布収容孔を貰通させるように変更することは、当業者が必要に応じ容易になし得るところであつて、右の点に於いて本件考案が新規であるとすることはできない。又本件考案の効果とするところは、その説明書の記載により明らかなように、(一)右考案品の使用中湿布の湿分が発散したとき収容孔中の湿布に適当の水分を補給し得ること及び(二)収容孔中の湿布から湿温を滲透させて身体内外の気性の交流、血液の循環を旺盛にすることである。然るに前記引用明細書記載の湿布器も使用中湿分が発散したとき収容孔中の湿布に適当の水分を補給するようになつており、且湿布から湿温を身体に与えるものであるから、実用上の効果に於て本件考案との間に格別の差異が存せず、審決のした本件考案の効果の認定には原告主張のような不合理不合法の点は存しない。

要するに審決の説くところは正当であつて、原告の本訴請求は理由のないものである。

と述べた。

(立証省略)

理由

原告の請求原因事実中(一)の事実は被告の認めるところである。

成立に争のない甲第一号証によれば原告の出願に係る本件考案の要旨は「湯タンポのような器体の一部に器体を上下に貫通する湿布収容孔を設けた湿温罨法器の構造」にあり、この貫通孔のある為器体の強度を高め、湯タンポで温められる湿温布が乾燥したときその侭の位置で之に水、薬液等を補給することができ、更に又患部から発生する気体を上方に導き新陳代謝を助けることを得る等の諸点をその特長の一部として挙げていることを認めることができる。然るに成立に争のない乙第一号証によれば審決に引用された特許第八五七三二号の明細書は、昭和五年に特許局で発行されたものであり、右明細書及び図面には湿布器として外周を保温壁で囲んだ水室の内に電熱コイルその他の熱源を挿入することができる加熱室を区劃して設け、弾性頂壁の内面に吸湿室を垂下させ、その室底に螺旋弾機で押圧された弁を装備し前記弾性頂壁の外面に張つた吸湿版の一部をこの吸湿室の上部に挿入支持させたものであつて、必要に応じて加熱室で水室を温め又吸湿版の水分不足の際は頂壁を押下して弁の下端を底面で支えしめ、弁をその座から上昇させ水室内からの水を吸湿版に浸出せしめるようにしたものが記載されてあり、之によれば右湿布器では、上面に湿布を具えた湯タンポ様の液容器に給湿用の凹窪を設けその凹窪の底部に弁を設け弾性頂壁を押圧して湿布に液を供給するようにした構造を有していることが認められる。而して右図面に示された構造の湿布器は通例之を裏返しにして使用すべきものと解するの外なく、従つてその湿布に水分を補給するには器体を患部から外し、湿布器を右頂壁の方を上向けにして頂壁を押圧しなければならず、且右凹窪は貫通孔ではないから使用に際し湿布の上部は器体で覆われていて開放されない訳であるから、この湿布器では本件考案の企図するような特長は全く達成されないものと解さざるを得ない。然らば本件考案と右引用例に記載された特許発明とは全然その工業的効果を異にするものであつて、本件考案は当業者が右引用例の記載事項から格別の考案力を用いずに容易になし得るものとは解し難く、従つて右引用例の存するが故に本件考案を以て実用新案法にいわゆる新規の考案でないとすることはできない。

然らば審決が以上と異なる見解の下に本件実用新案登録出願を排斥したのは不当であつて、その取消を求める原告の請求は正当であるから、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 小堀保 原増司 高井常太郎)

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